【画像】野崎幸助の前妻、夜逃げしていた/若い頃の姿が公開! 同級生「(当時は)女の子に話しかけられただけで顔を真っ赤にしてた」

【画像】野崎幸助の前妻、夜逃げしていた/若い頃の姿が公開! 同級生「(当時は)女の子に話しかけられただけで顔を真っ赤にしてた」

紀州のドンファンこと野崎幸助が、急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、6月7日放送の「ビビット」(TBS)にて前妻は夜逃げしていたと明かされた。

スポンサードリンク

【ビビット】野崎幸助に関する新情報

・田辺市内の日本料理店で、すっぽん鍋を一人で頬張る前妻を野崎幸助がにこやかに眺める様子が目撃されていた

・前妻との別れの原因は、前妻の夜逃げ。ある日、野崎幸助が出張から帰宅すると、もぬけの殻で、置手紙が残されていた。当時は「とにかくがっかりしていた」

・事件の一週間前、知人に「ミス・ワールド」なる女性と東京で会うと話していた

・ミス・ワールドは20代。結婚後、妻とは別に遊ぶ唯一の女性だった

・小・中学時代の野崎幸助は「おとなしく影が薄い」。同級生からパシリにされており、女の子に話しかけられただけで顔を真っ赤にしていた

・クラスから孤立しており、本当の親友はいなかった。3年前の中学の同窓会には、一際目立つスーツで出席していたが、誰にも話かけられず一人でいた

・20代前半の頃、実家の酒屋の手伝いをしていたが、自分の店の酒を無断で他店に売ったことで父親の怒りを買い、縁を切られていた

▼中学時代の卒アル

初めての結婚は、自信が30代のころ。お相手は銀座のホステス。その後離婚し、2002年に30歳以上離れた六本木の元ホステスと再婚。近所でも評判の美女で、結婚生活は10年続いた。離婚してからも嫌がらせで家に大量の梅干しを置く、「帰ってこい」というビラを配るといった‟異常な執着”を見せており、警察から接近禁止命令が出ていた。

また、愛犬・イブのお別れ会に前妻を呼ぼうとしていたようだ。いくら犬のためとはいえ、離婚してからも付きまとっている男に会いたくないだろうが・・・

野崎幸助は、1941年に和歌山県田辺市で酒屋を営む一家の三男として誕生。著書「紀州のドンファン」では、家は裕福とはいえず、日々の食事にも困っていたとつづっている。中卒で社会に出て、数々の仕事を経て、賃貸業を開始。コンドームの訪問販売で財を成し、その後、正規登録をして本格的に賃貸業を展開していった。

【紀州のドンファン】記事リスト→https://koku-byakunews.com/archives/tag/紀州のドンファン

スポンサードリンク