川崎市登戸の路上で、私立カリタス小学校の児童やその親などが男に次々と刃物で刺された通り魔事件で、亡くなった1人である小山智史さん(39)は外務省職員だと分かった。小山さんは大学時代にミャンマー語を学び、外務省に入省してからはミャンマー大使館で勤務していたこともあるそうだ。
【登戸通り魔事件】小山智史さんとは
・外務省・広報文化外交戦略課の職員
⇒外相など閣僚級以上の通訳を担う「通訳担当官」で、以前はミャンマーを担当
・子どもを見送りに来ていたところ、背後から突然刺された
・明るい性格で、同僚との助け合いを大切にしていた
外務省職員「本当にいい人だったのでショック。家族思いだった」
広報文化外交戦略課の業務は?
国内外への広報、報道関係者への情報発信、文化の分野における国際交流による対日理解の増進に関する基本的な方針の企画、策定及び実施
外務省のHPより
経歴は?
・大学入学当時、一般に知られていない珍しい言語を学びたいと思って、ミャンマー語を専攻科目に選ぶ
⇒在学中に初めてミャンマーを訪問・大学で学んだことを活かせる仕事に就きたいと2004年に外務省に入省
⇒研修語は希望通りミャンマー語を指定される・東京での研修を終え、2005年にミャンマーを訪れる
⇒研修先は語学留学生にとってほぼ唯一の選択肢である「ヤンゴン外国語大学」
⇒授業内容が初習者向けのため、学校と交渉して上級クラスに編入・2年間の研修を経て、3年間は在ミャンマー日本大使館で勤務
⇒政務分野を担当する傍ら、要人訪問の際には通訳業務も・2013年4月、ノーベル平和賞受賞者で世界的な著名人であるアウン・サン・スー・チーさんが訪日した際には、担当官として京都日程に同行
⇒アウン・サン・スー・チーさんが市内でプライベートの買い物をするため急遽、通訳を務めることも「特に大変だったのは、 昨年、日本政府が派遣したミャンマー文化・スポーツ交流ミッションに同行した時です。大統領に加えて3閣僚、それぞれ一時間以上の会談を、朝から、昼食も抜きで通訳しました。しかもその会談の記録を、その日の内にほぼ全て自分で作らなければならず、あの日は全て終わった後はさすがに灰色になってましたね・・・」
ハフィントンポストによると、帰国後は大臣官房総務課を経て、南部アジア部南東アジア第一課に勤務。ミャンマー語の通訳担当官を務めていたという。
南部アジア部南東アジア第一課の業務は?
ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、ラオスに関する外交政策
外務省のHPより
外務省への入省の動機は?
大学でビルマ語学科を志願した理由は、ミャンマーについてよくわからないからこそ魅力を感じたから。また、ビルマ語学科の大学後期入学試験の倍率が他言語と比較して最も低かったからです(笑)
大学でミャンマー語を学んだので、その勉強を生かせる外務省の専門職になろうと決め、専門職試験を受験し、現在外交官として働いています。